解釈の観念化

解釈は放置すると観念になる。

だから解釈である事を、たまに確認すべき。

 

例えば、

小学生の頃走るのが遅かった。

自分のせいで徒競走が最下位だった。

だから気まずくて、

目立ってはいけない気がして、

あまり私語もしなかった。

 

そういう事実があったとする。

 

そういう人が大人になると、

そもそも自分は目立ってはいけないという

観念が育ってしまう。

 

目立たないように、

目立たないように、

自分の気持ちを押し殺して、

自分の気持ちがわからなくなってしまう。

 

なんて事もある。

 

これを防ぐにはどうするのか?

自分の過去を責めて改善しようという人がいる。

「俺に力がなかったのがいけないんだ、

強くなって文句を言われない人間にならなきゃ、、、」

それは違う。

 

そうしたところで人はすぐに変われない。

特に能力的なものは観念について来るので、

観念が変わらないまま

努力しようとするとダメな自分を

より固定化させてしまう。

 

必要なのは過去の否定では無い、

事実の確認だ。

 

冷静に考えれば、

足が遅いから目立ってはいけないなんて、

何の因果関係もない話だ。

だからって論理的でない自分を責めるのではない。

 

論理的な解釈ではない、

ただ事実として当時の自分は

そう解釈した。

それを時たま確認するだけで良い。

 

そうする事で事実との乖離がなくなり、

勝手に卑屈になり、

ダメな自分という観念を固定化しなくなる。

 

アサガオに水をやるように、

観察するように、

自分が持った解釈は確認する、

観察する。

 

 

それを繰り返し、

出来る範囲で行う事で、

ニュートラルな自分で居られる。

 

自分の気持ち、欲求、本音がわかる。

本音からの欲求を満たすための行動は速い。

こうしてニュートラルな自分で居られる事が、

所謂なんでも出来る人の正体。

エラーの原因は絶対過去にある

原因ってやっぱり全ての事にある。

責任は全ての事にあるとは限らないが。

 

人間関係、仕事、人生の進め方、、

どんな事だって、

今そうなっている原因は過去にある。

 

以前に「ペットボトル離婚」なんていう、

表面的には、

「夫がペットボトルを置きっぱなしにしていたから、離婚した」

と映る事象をニュースか何かで読んだ事がある。

 

当然「ペットボトルを置きっぱなしにした」

って事が直接離婚の原因って訳じゃ無い。

 

今「ペットボトルを置きっぱなしにしたら、離婚になった」

という現象が起こっているのは、

過去に原因があるのだ。

 

この例だと、

直すべきことを指摘してるのに、

直さない。

 

直さないことは百歩譲って許せても、

流されてしまう。

こちらの話を聞かない、、、

という事でもあったのでは無いか?

と推察できる。

 

つまり過去に原因があるのだ。

それってこの話だけでなく、

 

自分は能力に見合わないショボい仕事をさせられてるとか、

自分は素晴らしい人間のハズなのに婚活上手くいかないとか、

自分は頑張っているのに能力がつかないとか。

こういう

最近よくある悩みも全部そうだ。

 

自分の能力を客観的に評価できていないかもしれない、

他人から見たら自分で長所と思っている所は普通以下かもしれない、

そもそも頑張る=能力つくって認識はどうなのか?

 

という風に過去に遡ってみれば、

見えてくる事があるのでは無いだろうか。

天才になる方法

プラトー(停滞期)を気にしない事。

 

どんな人にでもプラトーはある。

それは天才と言われている人もそうだ。

 

足りない部分がわかって、

そこを補っているときは

割と思った通りに成長するだろう。

 

しかし何が悪いかわからない、

しかし伸び悩むときがある。

そこでも出来る事をやり続けられる人は

プラトーを抜けられる。

 

逆に言えば、

ほとんどの人が天才じゃないのは

伸び悩むと辞めてしまうから。

 

天才は伸び悩んでもやり続ける。

理由はプロセス自体が楽しいとか、

気にしても仕方ないとか、

やらないと殺されると思ってるとか

色々ある。

 

動機や手段はなんでも良い。

だがプラトーを乗り越えるか否か?

それで天才か否かが決まる。

 

逆に言えばこれだけ。

天才って意外と身近だね。

センスとは沢山見て真ん中を取る事

センスとは、沢山見て、真ん中を取る事。

 

センスが悪い人っていうのは、

まずものを知らない、見ていない。

知識や経験が無いだけだ。

 

生まれつきの、先天的なものでは無い。

 

だってそうでしょう?

すでに知っているモノの中からし

選ぶ事は出来ないのに、

 

知っているモノが少なければ

奇跡的に良いものに出会っていないと

良い選択はできない。

 

あと、

思い込みが強いタイプ。

そのタイプはセンスが磨かれない。

 

あくまで増やせるのは知識や経験。

それらを増やしても、

すでに知っているAが最高だ!

と思い込んでいては、

Aが良いという結論は変わらない。

 

実際には、

時代や環境によって良い選択など違う。

 

というかそもそも、

本当に長い年月をかけて

大量の知識や経験を得ていれば、

特別な演出をしたい場合以外

尖った選択はしない。

 

特にテーマもないし普通で良いか。

という判断になる。

そしてその「普通」のレベルが高いのが、

センスの良い人間だ。

勝負事の勝ち方

守りを固める。

それが勝負事に勝つ方法。

 

なぜ守りを固めると勝つのか?

それよりも積極的に攻めた方が良い。

という考え方もある。

 

積極的に攻めるには

その分多くリソースを使うという事。

それは長く続かない。

 

リソースが足りないと失策も起こる。

するとそこを突かれて、

相手はあまりリソースを使わず勝ち点を積み上げられる。

 

じゃあ逆をすれば良い。

あらゆる面で守りを固める。

固め過ぎという位に。

 

守って守って、

固めて固めて、

相手が失策した瞬間、

一気に攻め込む。

 

コスパを最大化させて

勝ち点を積み上げる。

特に自分の失策による負けは

相手のメンタルにもダメージを与えられる。

 

すると相手はより焦って

無理な攻めをしてくる。

正しく守っていれば、

相手の無理な攻めは無意味。

 

自分のリソースを余らせまくった状態で、

相手を倒す。勝ち点を積み上げる。

余裕で勝利する事ができる。

行動するには小さな失敗データを集める

結局、行動は全部「小さな失敗データを集める」だ。

 

俺が動けないのは

俺に気合がないから。

そういう事って良く思ってしまう。

だがそれは全然違う。

 

考えの方向性が間違っているだけ。

行動できない時、大抵人は

いきなり成果を出そうとしてしまっている。

 

最初から成果を出すのは無理。

図面を書かずに家を立てられる人はいない。

プロでもそうだ。

だけどそれと同じ事をやろうとしてしまう。

 

結局、何をするにも

小さく失敗して修正する。

それを繰り返すしかないし

それが最短の方法だ。

 

家を建てることだけじゃない。

料理でもそうだ。

完璧なレシピを見ても料理自体はじめてなら、

レシピを読む勘所がわからない。

 

人間がそんなに

調味料の分量を間違えるなんて思わない。

だが実際に失敗してしまう。

 

じゃあ計り間違えない方法を思いつく。

味見をする重要性に気づく。

その繰り返しで僅かずつ、

自分では感じられない程度少しだけレベルアップする。

 

だがそれを繰り返していけば、

その内、初見の料理でも

簡単なレシピがあれば何となく作れるようになる。

 

人間は賢い。

だから最初から完璧を目指すと行動できなくなる。

それだけの話だ。

ストレスと脳と身体

ストレスが溜まるのは、あなたが弱いからでは無い。

脳優位になっているからだ。

 

脳はネガティブなものを

強く印象付ける習性がある。

太古の時代は危機回避のために、

ネガティブな感情を

強く覚えておく必要があったから。

 

しかし急速に進化した

現代社会では事情が変わった。

脳が反応しすぎてストレスが抜けなくなっている。

 

さらに脳の仕組みを知って、

SNSやインターネット広告は、

炎上商法、露骨な煽りなどを使ってくる。

そのほうが反応が良いからだ。

 

じゃあそれから逃れるには?

残念ながら脳の働きでは逃れられない。

 

だから身体を使う。

なんでも良いから身体を動かす。

これでストレスは軽減される。

 

手を振ってみるとか、

考えが纏まらずにストレスが溜まるなら、

とりあえず紙に書き出してみるなんかも良い。

 

身体を動かす事で

脳の余裕をなくし、

強制的にストレス源である

ネガティブの存在感を消す。

 

シンプルだが強力な方法。

1秒で出来るし。